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誠に生きる〈第三章〉  

副長を崇拝しHEDWIGを愛し山本耕史さんを応援する日記

宮古湾海戦講演会とパネルディスカッション

昨日(5月7日)に高幡不動で行われた
『がんばれ宮古!がんばろう日本! 
 チャリティーイベント 新選組ファンの集い』

に行ってきた!

福島産の味噌、リンゴ、山菜、岩手産のお菓子などを買い
義援金にも募金させていただいた。

そして
『宮古湾海戦についての講演会とパネルディスカッション』
を拝聴!!

宮古湾海戦の存在を知ったのは『燃えよ剣』を初めて読んだ中三の時。
「アボルダージュ」
この言葉の響きだけで、感動したもんなぁ…
「敵艦に乗り込みこれを奪い取る」なんて!
日本の幕末にこんなスゴい海戦があったとは!
そしてその海戦に副長がいたとは!

初めて知った時は本当に驚いたものだ…


しかし…

それから30年以上経つのに、宮古湾海戦については書籍や資料をバラバラに読み散らかしていただけなんで、頭の中でどうもイマイチつかめていなかった。
それに、宮古湾海戦を完全映像化されたものを観たことがないので、なんかイメージできなかった。

今回の講演会では、新選組研究家の横田淳さんが宮古湾海戦を時系列に沿って解説してくださったので、今までおぼろげだったあやふやなものがハッキリとイメージ出来た気がした。
知識としてはあっても、書籍を読むだけでなく目の前で語ってくださると、頭の中で整理できるんだよなぁ~

3月19日に甲鉄(ストーン・ウォール号)奪還計画を立ててから3月25日の未明のアボルダージュ~26日の箱館帰還までを丁寧に解説してくださり、いろいろなエピソードも聞けた。


たとえば甲鉄が日本に来るまでの経緯。
文久2年に幕府がアメリカに3隻を発注!
そのうちの1隻である富士山丸のみが届き、後の2隻はキャンセル扱いになったそうで、そのキャンセル料で幕府が買ったのが甲鉄だったそうだ。
その甲鉄が日本に着いたのが慶応4年4月。すでに戊辰戦争の真っただ中!
アメリカとしては「日本政府に売った」という立場なので、旧幕府軍、新政府軍のどちらにも引き渡さず中立のまましばらく静観していて、そして明治2年に新政府へ引き渡したそうだ。
アメリカが、新政府を日本政府として認めたからなんだろうけど、
でも、箱館政府(旧幕府側)にとっては、甲鉄は自分たち幕府が買ったもの!!
だから甲鉄奪還計画は、「自分たちの船を取り戻す」という気持ちだったと!!

なるほどなぁ…


旧幕府側の軍事顧問はフランスの海軍仕官たちだったが、
その中でもやっぱダントツに有名なのがブリュネ砲兵士官
拙者にとってもブリュネさんは特別だぁ~
なんたって『燃えよ剣』での副長とのやりとりが秀逸だったからなぁ…
実際のブリュネさんはスケッチが得意で、たくさんの作品を残しているそうで、横田さんはブリュネのご子孫に会いに行って、そのスケッチを実際に見せてもらったことがあるそうだ。
すごいなぁ~
で、そのブリュネさんが旧幕府軍に合流するべく箱館に向かう前に宮古に滞在していたことがあるそうだ。
わずか10日間の滞在だったが、宮古での暮らしがまんざらでもなかったらしく
「いのししや鹿やウサギが安くて美味しい~
 ここでは安くて豪勢な食事が出来るんだよ~」
みたいなことを書き残しているとか…
ブリュネさんって、かなり宮古がお気に入りだったようだなぁ


宮古湾海戦の詳細だけでなく、こんな風にいろんなエピソードもたくさん聞けた講演だった!


そして講演会の後のパネルトークでは、土方愛さんと、宮古から来てくださった「宮古港海戦の会」所属の伊藤栄利子さんも加わってのトークになった。

土方愛さんが司会をされたのだが、まず愛さんが以前に宮古湾を訪れた時の素晴らしい風景や宮古の様子を話してくださった。


そして宮古の伊藤さんのお話。

宮古には4カ所の史跡があるのだが、津波がかなり強かった所でも不思議なくらい史跡が無事で、4か所すべての史跡が流されずに残ったそうだ。

宮古の方言では、フランス語から由来のあるようなものが今でもいくつかあるとのこと。
たとえば、帽子を「シャッポ」、お墓を守る人のことを「まぐりっと」とか…
また、震災後に日本から帰国する外国人が続出した中で、宮古では帰国せずにとどまっている外国人の方が多いそうで、何か幕末からのつながりを感じるとのこと。


宮古の方々は、震災直後の悲惨な状況の中でも、みんなが助け合って頑張っていたそうだ。
全壊した家の中で見つかった冷蔵庫に入っていた食材を周りの人たちに配っている方がいたり、井戸水や湧水をみんなで分け合ったり…
今は、少しずつ頑張って復興に向けて動きつつも、でも、なかなか元気が出ないし、立っているのがやっとのような状況…
「だからみなさんが元気でいて欲しい!
みなさんがまず元気になってそのパワーを私たちに与えて欲しいです」
と強くおっしゃっていた。
伊藤さんは何度も「人と人とのつながり、絆」という言葉を繰り返しておっしゃっていた。
地域を越えて、時代を超えて、人と人が繋がっているのだと…。

実際に被災されて今もたいへんな状況の中におられる方からの言葉は、一つ一つが本当に胸に響いてきて、涙が出た…

また、宮古湾海戦については
「最後まで日本のために戦った人たちを敵味方わけ隔てなく讃えていきたい。そして伝えていきたい」という思いが強いとのこと。
だから、新選組と宮古湾をつなぐ企画やイベントなどもできるようになったらどんどんやって行きたい!と力強く訴えかけられて、客席からは拍手が起きた。

土方さんも横田さんも宮古のためにこれからも何が出来るか考えて、いろいろと企画を立てていきたいとおっしゃっていた。


宮古湾海戦の話から宮古の現状、そしてこれから何が出来るのか…

たくさんのことを考えさせられた講演会だった。

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カテゴリ: ・新選組

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この記事に対するコメント

私もこのイベントを見に行きました。

あとは栗塚旭氏のトークショーも聞けて、サインもゲットできて、2ショットまでも実現できて最高でした。
URL | 土方副長 #YrGnQh/o
2011/05/10 17:33 * 編集 *

土方副長殿

ワタシは宮古湾講演会とパネルディスカッションのみの参加でしたが、
宮古への思いや新選組を通してできた繋がりの大切さを思いました。
URL | レクイエム 0511 #.Lj5XGds
2011/05/11 00:15 * 編集 *
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