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誠に生きる〈第三章〉  

副長を崇拝しHEDWIGを愛し山本耕史さんを応援する日記

完結編 磐音語り~殺陣の巻(3)

磐音と田沼の最終対決

(ここは殺陣シーンではないのだが・・・
私の中で真剣での勝負だと思えてならないので殺陣の巻に入れた)

表こそ刀を構えてはいないが、
お互いに見えない心の刀を構え、
真剣で共に向き合っている

・・・そんな緊張感があった。

口ではののしったりしているが
「剣術使いとしてそのようなことはしない」
と、磐音のことを認めているのだ、意次さまは。


息子を失って傷だらけの意次
あるのは慟哭だけ。

虚勢を張ってはいるが、きっと意次は自分を責めて
責めて責め抜いているんだろう
息子を失ったのは自分のせいだと・・・。


なぜ磐音は意次の前に姿を現したんだろうか

やはり決着をつけたかったということもあるだろう。
でも、それだけではなく、意次の悲痛な叫びを受けとめに来た
…そんな気がするのだ。

それは同じように子を持つ父としての気持ちからなのかもしれない。

私怨で人を斬ったことはないと言い切っていた磐音様。
彼の強さは、常に「受け入れる」ということだと思う。
自分の身にどんなことが起こっても、それを受け入れることができるのはその人が真に強い人だからだ。
典膳さまもそうだった。
どんな苛酷な状況にあっても、理不尽な目に合っても「受け入れて」きた。
その潔さと清廉さが見事なのだ。
それが武士として生きる者の襟もちなんだろう。

人の痛みや悲しみがわかる
そしてそれを受けとめる、その大きさというか広さというか・・・。

磐音様の懐の深さ、武士としての凛としたたたずまいと
人としての優しさを感じる名場面だった。


この場面の磐音さまの顔は憂いに満ちて本当に切ない
雨が降って傘をさしている姿が一層美しくて哀しい・・・

もうホントやばいっすよ、この憂い顔は。
こんなの見ちゃったら、どうにかなるって

趣味過ぎてぬおおおおお~
ああ、罪なお方だわん

最高だったなぁ・・・

全編を通して坂崎磐音の美学のようなものを感じた。
居方であったり、殺陣であったり
優しさであったり、哀しみであったり
はんら~も含めて、すべてにおいて美しかった、ホントに。
見た目の美しさもあり、心の美しさでもあり
坂崎磐音という侍の生き方の美しさなのだなぁ・・・

しみじみとそんなことを感じました。

ああ、素晴らしかった。

またあそこをリピしちゃおうっと
そうだ、あれもこれも見ちゃおうっと。

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カテゴリ: ・山本磐音

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