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副長を崇拝しHEDWIGを愛し山本耕史さんを応援する日記

近江の監察方レポ~三成公を巡る旅(3)

(4)佐和山城跡

佐和山城跡にも登ってみました。
龍潭寺の前に観光案内詰所があり、
ボランティアガイドさんが1名おられました
(ガイドさんがいるのは土、日、祝日のみかも!?)

地図をいただき、丁寧な説明を受け、いざ出発。

※本当は頂上までのガイドは事前予約が必要なのですが、
たまたまガイドを終わって帰ろうとされていたボランティアの方がもう一人おられ、快くガイドを引き受けてくださってラッキーでした。

三成像


頂上の本丸跡まで約30分。
ハイキングコースと言っても細くて急な場所がたくさんあって、
しっかりした靴と動きやすい服装でないとなかなか難しいです。

ガイドは本当にありがたかったです。

佐和山城は徹底的に破城されたので知識がなければ遺構はほとんどわからず、滑らないようにと足元だけ見て黙々と登っていたらほとんど見落としていたと思います。

佐和山城趾

唯一残った隅石垣
隅石垣

そのほかには、土塁跡、山城には貴重な水源千貫井、
落城した時に城の女性たちが身を投げた女郎谷など。

三成が配されたのはわずかな時期でしたが、それ以前の歴史や井伊家との関係など、ガイドの方のお話は分かりやすく、とてもおもしろかったです。

当時の天守閣は三層か五層か!?
破城の時に山自体がけずられたが、それが5mだったか15mだったか!?
・・・などなど、明らかになっていない部分に関しては残されたわずかな文献等から推測も交えてお話くださり、臨場感があって興味をそそられました。
また、
「落城後、石田家中を供養することは禁じられているにも関わらず、
領民が各々で石田地蔵を彫って隠れて祀っていた」
という逸話から、三成公が本当に領民に慕われていたのだということが偲ばれました。

石田地蔵は今もいくつか残されています。

本丸があった頂上はもちろんレイクビュー(笑)で、
彦根城はもちろん、領地が一面に見渡せます。

散歩感覚でお気楽に登れる道ではありませんが…
ガイドのおかげで疲労を感じることも少なく、かなり楽しい時間になりました。
登られる機会があれば、ぜひボランティアガイドを予約することをおススメします。



(5)長浜城歴史博物館

最後に、秀吉や三成、そして耕史くんが見た風景を見てみようと思い、
少し足を延ばして長浜城歴史博物館へ行きました。

びわ湖。
湖面には夕日がきらめいていました。
びわ湖


ショップに三成の家紋のスティックメモとマスキングテープがあったので、購入!

マスキングテープ


以上、三成公を巡る旅の報告でした。

それほど期待せずドライブがてらに巡りましたが、なかなか面白かったですよ。
開国記念館にはこれからもちょこちょこ探りに行くつもりですし、
他の会場や史跡などにも行ってみたいと思います。

(レポはここまでです)


レポ、素晴らしい~~

ありがとうありがとうありがとう\(^o^)/


いいなぁ
ワタスも行ってみたいなぁ

MEET三成展、これからいろいろ展示も増えそうだし・・・

ゆかりの地も訪ねたい・・・

マハゴニーの関西公演があると踏んでたんで、
そのとき行ってみようと画策しておったんだが・・・

地方公演はなさそうだし(T_T)

ああ、なにかきっかけがあれば行きたいよぉ~

でも、レポを読んだらちょっと行った気になれました~
近江の監察方に感謝~~~\(^o^)/

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カテゴリ: 真田丸

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