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誠に生きる〈第三章〉  

副長を崇拝しHEDWIGを愛し山本耕史さんを応援する日記

故郷の中の戊辰戦争~涙の碑文

戊辰役東軍慰霊碑

篆額「戊辰役東軍慰霊碑」は君健男さんによるもの
君さんは、長い間新潟県知事を務めてこられた方だ。

gokoku2.png


そして、この感動の碑文を作られたのが作家の綱淵謙錠さんだった。
幕末ファンならみなさん知っているだろう
(私も網淵さんの本は数冊は持っている)
幕末作品が多く、敗者側の作品を多く書いておられる作家で、
しかも旧新潟高校出身ということだった。

go.jpg

この碑文は戦死者に呼びかける形になっていて、心に響いてくる。
とにかく多くの方に読んでいただきたい文なのだ。


戊辰役東軍慰霊碑の碑文 全文
(漢字やスペースは原文そのままです)

いまここに明治元年戊辰七月の新潟戦争で戦死された奥羽越同盟東軍の精霊に申し上げます  あれから星霜百二十年 われらの声は遠く微かにしかお耳に届かぬかもしれませんが どうぞ静かに目をお覚ましください
 当時 新潟港は諸外国との開港場に指定され 戦略上もまた重要な拠点と認識されていたために 新政府西軍は七月二十五日に松ヶ崎太夫浜に上陸 同二十九日 新潟港をめぐって展開された東西両軍の攻防戦において 皆様は帰らぬ人となり 我が国近代化の礎石として 尊い命を捧げられたのでした
 その後皆様は賊軍といういわれなき汚名を蒙り 遺体は放置されて永く山鴉野犬のついばみに任せられ 濤声に雪冤の悲歌を奏で 松籟に怨念の鬼哭を託して来られました  ここにわれらは新潟戦争後二度目の戊辰にちなみ 遅きに過ぎた憾みを遺しつつも この慰霊碑建立の運びに漕ぎつけました
 新潟戦争東軍殉難者の皆様 なにとぞきょうからは 昔の頑な順逆論に煩わされることなく この碑を羽ばたきの基点とされ 新潟の四季に目を楽しませ ときには白鳥と化して故郷の山河に天翔り 心ゆくまで平和の喜びをお噛みしめください  それがわれら建碑発起人のささやかな願いでございます
 



濤声(とうせい)とは波の音であり、
雪冤(せつえん)とは無実の罪をはらすこと。
また、松籟(しょうらい)は松の木に吹く風であり、
鬼哭(きこく)とは非業の死を遂げた霊が嘆き悲しむ声のこと。

「ときには白鳥と化して故郷の山河に天翔り」

白鳥は新潟を象徴する鳥なのだ。
(新潟は日本でイチバン白鳥の飛来が多い)


何度読んでも泣けます(ToT)

特に最後の数行は、「新潟」を「函館」に置き換えて箱館に散った方々にも同じように呼びかけたくなる文だ。

どうかみなさま安らかに・・・




神社のすぐ後ろには日本海が広がっていた

DSC_1312.jpg

DSC_1313.jpg

 
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カテゴリ: ・新選組

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