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誠に生きる〈第三章〉  

副長を崇拝しHEDWIGを愛し山本耕史さんを応援する日記

より愛おしく、より切なく

昨日のヒューイ

なにか今までと違った印象を受けた

どこがどう違うのか・・・というとあいまいなのだが。
なんていうか、最後のヒューイに年月を感じたっていうか・・・

拙宅のこの記事で最後のDJブースのヒューイが見せる顔にいて書いた
「一瞬見せる、あのぞっとするほど冷たい顔。
悲しいというより、恐ろしいほど暗い顔」
がなかったのだ。
そういう鋭角な感情は出ていなかった。

昨日のこの場面のヒューイには、切なさ寂しさと共に
「過ぎ去りし日を懐かしむ」
ような追憶の情を感じたのだ。

「後悔」や「悔恨」ではない。
思い出を懐かしむ、もっとしみじみとして落ち着いたもの。

そして、その落ち着きは、4年後という年月を感じさせてくれた。

どこかしら角が取れてすり減っていて勢いが落ちている。
悲しいとか悔しいとか、そういうエッジのたった感情ではなく、もっと穏やかで緩やかに切ない。
自嘲気味に笑顔を作っても、ふと見えるのは思い出を懐かしむ顔
彼には前に感じた暗さはなく、あるのは寂しさだった。

切なかったなぁ・・・ほんとに



切ないといえば、フェリシアに向かって歌うヒューイの
Love Will Stand When All Else Falls

♪きっといつか きっとふたりどんなことがあっても♪

こう歌うヒューイの歌声のなんという切なさよ

美しくて艶のある高音で歌う、あの声

歌詞の意味ではなく、「声」で泣けるのだ。

なんて切なく、なんて愛に満ちた声なんだろうか・・・

「声」が語っている。
あの「声」が、どんな膨大なせりふでも伝えきれない思いを語っているのだ。

歌詞や台詞よりも何倍も胸に響く。

脳内で言葉の意味を認識する必要がなく、
「声」そのものがダイレクトに心に響くから・・・

あの声にやられて、いつも泣いてしまう

ああ・・・・
そんなヒューイが切なく、そして愛おしいなぁ
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カテゴリ: メンフィス

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