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誠に生きる〈第三章〉  

副長を崇拝しHEDWIGを愛し山本耕史さんを応援する日記

局長…

今日は局長のご命日

慶応4年(1868年)4月25日 板橋にて・・・


毎年毎年この日には局長のことを思い、記事を書き
所縁の写真を載せている。
去年は会津の天寧寺の写真を記事に添えていた。


今年は・・・

と考えて、2010年に撮った流山の渡し場跡の写真にした。


※拙宅の2010年流山レポはこここここちら
4年近く前のレポなので今は多少変わっているかもしれないが、流山に行かれる方がいたらこんなレポでも参考になるかもしれませぬ。



丹後の渡し場跡

慶応4年(1868年)4月1日深夜(2日未明)
五兵衛新田から流山に入る時に使った渡し場の跡がここだ。

丹


そして

矢河原の渡し場跡

出頭した局長がこの渡し場から対岸へと渡っていった・・・
4月3日の夜だったと言われている


矢河原の渡し


運命の地、流山

ここ(流山)に入った場所と出ていった場所
二つの渡し場跡の写真を見ていると胸が熱くなる
入った時は局長と副長
出ていくときは局長だけ




渡し場跡から江戸川を望む

江戸川


以前のレポではこの渡し場跡に立った時の思いを

「今、この土手に立って振り返ってみると、右に流山本陣跡がある。
局長は、副長のいる本陣を背に何を思っていたんだろうか…」

「江戸川をはさんだこちらと向こうの世界
土手に立ってその風景を見ながら局長を、そして副長を思い、
河の幅の広さ以上に大きく立ちはだかるものを感じた」

と書いていた。


流山という地名は見ただけで涙ぐんでしまう

局長と副長にとって今生の別れになってしまった地であり
局長の運命を決めてしまった地でもあるから・・・


局長、どうかやすらかに・・・
近藤勇は多摩の誇りです。

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カテゴリ: ・新選組

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