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誠に生きる〈第三章〉  

副長を崇拝しHEDWIGを愛し山本耕史さんを応援する日記

とっ散らかったヴォイツェク語り(4)

とりとめもないヴォイツェク語り
どこまでもしつこいですが(^_^;)
「まとめる気もない、とっ散らかったままのウザ語り」
です(笑)

言葉にするって本当に難しい…
自分が感じたことを書きたいんですが、なかなか上手く書けない(^_^;)
読み返してみても
「どうだろうか、これは!?」
って感じのまましつこく書いてきてしまった(あはは)




「死」の後に来るもの。

最後の最後、劇場から裏町に出される前に見えた世界について。


壁が飛ぶと、そこにはヴォイツェクがマリーと並んで立っていた。

その時の顔についてはここに書いた。

「全てが浄化されたような、美しく汚れのない顔
もう、争うことも苦しむこともない、静かな顔
でも、あまりにも悲しい顔…

だって、彼には救いがないから」

と、この時は書いていた。


今はこう感じる

「救いがない」

というよりは

「何もない」

と。

あの最後の2人には、苦しみや悲しみはないが、同時に喜びも希望もない。
そして、ゾッとするほど孤独だ。

2人で並んでいるとはいえ、それはただ2人がこの世ではない世界にいるということであって、2人が一緒にいるということではない気がする。

孤独な世界
何もない世界

あるのは静寂だけ

あのヴォイツェクを見ていると、
「もしかして死後の世界はこういうものかもしれない・・・」
と思えてきた。
ゾッとするほど静かで孤独な世界…

そんなことを考えていたら、なんとも言えない気持ちになった。


ヴォイツェクがタンゴで歌う

♪七色の花咲き乱れ 
微笑みこぼれ
鳥は歌う♪

これはヴォイツェクが夢に描く情景であり、
彼にとっての楽園のイメージなわけだが…

ワタシにとっては、いわゆる「天国」のイメージに重なる。
(彼が天国をイメージして歌っているという意味ではないです。
あくまでもワタシが勝手にイメージしただけです)

神に召された後に待っているのは、こんな天上の楽園じゃないだろうか。
(仏様だと、極楽浄土ですが)

そうあったらいいなぁ…
そうだったら、安心して死ねるな(え)


でも、もしかすると、死後の世界は、最後のヴォイツェクのように
苦しみも嘆きも喜びもなく、あるのは静寂のみ、
しかも、たったひとり、孤独で何もない世界かもしれない。

そう考えると、なんだか恐ろしくなってくる

あの最後のヴォイツェクにあれこれと思いを巡らせていたら、ハムレットの台詞が浮かんできた。
ワタシが死とか生とか、いわゆる死生観について考えると、必ずこのセリフに行き着くのだ。
いつも浮かぶ、ハムレットのこのセリフ。
ホントにここが好きなんだな、ワタシは。

「死ぬ、眠る、それだけだ。
眠ることによって終止符はうてる、
心の悩みにも、肉体につきまとう
かずかずの苦しみにも。それこそ願ってもない
終わりではないか。死ぬ、眠る、
眠る、おそらくは夢を見る。そこだ、つまづくのは。
この世のわずらいからかろうじてのがれ、
永の眠りにつき、そこでどんな夢を見る?
それがあるからためらうのだ。それを思うから
苦しい人生をいつまでも長びかすのだ。
(中略)

つらい人生をうめきながら汗水流して歩むのも
ただ死後にくるものを恐れるためだ。
死後の世界は未知の国だ。
旅立ったものは一人としてもどったためしがない。
それで決心が鈍るのだ、
見も知らぬあの世の苦労に飛び込むよりは
慣れたこの世のわずらいをがまんしようと思うのだ。」
(『ハムレット』第3幕第1場より抜粋 小田島雄志 訳
白水uブックス シェイクスピア全集より)


死というものを受け入れがたくしているのは、そこに待ち構えているものが何かわからないからだ。

安らぎであって欲しい
楽園であって欲しい
でも、もしかすると待っているのは底知れぬ闇の世界、深淵なのかもしれない。

先に旅立っていった愛する人々がそこにいて、自分を迎えて欲しい
でも、もしかすると、暗闇にたったひとりの孤独な世界かもしれない。

いや、暗闇もなく楽園もなく、何もない世界かもしれない、
なんの思いもない世界。安らぎもなく苦しみもない世界。

なんかこぇ~な、おい(^_^;)
「何もない」というのが実感としてわからないから、いちばん恐ろしい。




あの湖への壁が生死を隔てているのだとしたら…

壁の前には喧騒(生)があり、壁の向こうには静寂(死)がある。

壁の前の世界は、欲望も悪意も嫉妬も悲しみも苦しみも喜びも感動もあって、善悪ごちゃまぜになって混沌としている。
滑稽な愚か者たちがあくせくしている。

ワタシはあの静寂の世界には行きたくないから
愚かでも惨めでも、とにかく壁の前の世界にしがみついていたい…
出来る限り長く…

ワタシの死生観はこんなもんです(^_^;)

限りある人生だからこそ悔いのないように
とか、そういう輝いたもんじゃなく、
どちらかというと消去法的な(笑)

だから、舞台なんかであまりに人生賛歌的な前向きなものを見せられると、ちっとばかし居心地悪いんですねん。
モジモジしちゃって(何)
前向きな気持ちもあるにはあるけど、ほんのちょこっとだし。
「とりあえずしがみついていないと怖いから~」
程度のもんです(^_^;)



ま、そんなこんなで、あの最後の場面はワタシにとってかなり刺激的だったのだ。


・・・

・・・・・

・・・


ワタシにとって『ヴォイツェク』という舞台は、
観ている最中にもいろんな感性が刺激される舞台だったわけだが…

さんざん刺激されて、心に楔を打ち込まれっぱなしな状態なのに、
さらに最後にあのような(ワタシにとっての)衝撃的な世界を見せられ、
最後の最後まで揺さぶられ続けて、
気持ちの落としどころがないまま放り出される。

放り出された身としては、観終わった後にも、なんとか落としどころを見つけようとして、延々と悶々と際限なく語ってしまう。
で、『ヴォイツェク』語りをしていると、知らぬ間に自分をさらけ出したり、自分の中の奥深いところまで掘り出したりしている自分がいて愕然とする。

チキショー!
やられっぱなしじゃないのさ~(あはは)



いやはや、後を引きますなぁ
おもしろい舞台です、ホントに…


もちろん、こんな屁理屈ばっかしこねて観ていたわけじゃないっす(あはは)

名曲の数々に酔いしれ
照明、舞台転換の素晴らしさに唸り
役者さんたちひとりひとりのキャラクターを愛し
総合芸術としてのレベルの高さに感動し
山本耕史という役者の凄さを再認識し、
感動感動で泣いたりして…


で、いつもどおり(笑)

♪俺の心臓♪で萌えたり
♪群がる鮫♪で悶えたり
モップがけの姿にウハウハしたり
横顔の時のツンとした鼻がいい!とか
クネクネ指がたまらん!とか
ボコられヴォイたんを観ながら
「ウチのヴォイたんに何すんねん!!」と応戦したくなったりとか(笑)
「お姫様抱っこのマルグリーたんうらやま~
でもワタシじゃ持ち上げられないだろな、重くて」
とか
「こんどサイゼリアに行ったら、えんどう豆のサラダを頼もう」
などとくだらねぇこともいっぱい考えてました(笑)


ただ、心にさんざん楔を打ち込まれっぱなしで、
劇場から裏町へ出された後も延々とあの世界に囚われ続けていて、
こうまでして語りたくなる舞台って、いったい・・・

こんなのありかよぉぉぉ~~~


♪時を弄ぶものに操られて踊るだけ
それでもこの人生は続いてゆく♪

つまりは

最高だ!最高傑作だ!!

結局はここ(笑)
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カテゴリ: ヴォイツェク

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この記事に対するコメント

ども。

まずは、二つの魂に瞑目。
とんぼ帰り、お疲れ様でした。
恒例、盆暮れのお勤めもふぁいとですう。

で、強行軍のお供にも『ヴォイツェク』だったんすね。
語りの(3)では、気がつきゃ、自分のことを語る未知の友人、として聞いていたんすね。うん。ほとんど素で、しつれしました。
があ、そんだけ、生ものだったと思うんです。

普段聞いているときは・・
語ることで当人にとって何が見えてくるのか、とか。
で見えて来た風景の中に自分はどう居るか、とか。
また、風景を描いている人に自分は何が出来るか、もしくは何をするべか、、を考えるときもあれば、語っている内容によっては思うところも言ってみたり。
こりゃ皆様も日頃、自然となさっている事でひょかね。

ばっと、このヴォイツェク語りは、例えば相談されているわけじゃない。てことで、中身へ。やあ・・今頃ですんません。
てか、レクさんのこの語りの幅、深度が感嘆ものだということに、異論を唱える方などまずは居ますまいて。
なんで、結局思いついたことを少々。

いつもよか、自分をむきだしにされていることに、有難う、です。
剥かれてチラ見できる思いやお考えは全肯、が大前提。
語りの主題も、それこそ劇中に鳴っていた音楽のようです。
自由律でいて秩序がある。この秩序はもちレクさん自身だと思ってます。意図的でもなく、歩くにも癖がある、というような。
ヴォイツェクにこの秩序はない。
ヴォイツェクの秩序は、私たちが普段、落ち着いていられる理とは違うところにあって、私たちの耳には不協和音にも聞こえるんだろうとも思う。

で、死。
自由律も不協和音もない、完全に平等な秩序に支配されているような気がします。この秩序を、レクさんの言葉を借りるなら、静寂、と言ってみたい。そんな状態も、何もない、とも言いたい気分。
で、そんな死後の世界なら、何もないとしても、何もかもがリセットされ、次に行く準備を創めているかもしれない。うん。生き物は進化を止めませんもね。あ、ぽん。創世記の時?ってそんな感じなんでひょかはて。。

うん。何もないということは、次へ進む希望にも満ちているかもしれん。先に逝かれた方には、後で合流したとき、置いてけぼり喰らわんように、せいぜい生きているこの世で、進化に委ねておくか、て。
どう考えても、死後の秩序の中での方が、進化スピード半端ない気がするし。障害なんもなさそうだし。
と、話まとまりません。
URL | ま #JalddpaA
2013/11/27 02:44 * 編集 *

なるほど!

ま殿

そもそもハンドルネームに「レクイエム」を使っているってのが、なんざんしょうねぇ
本当はミーハーな思いもあってこのハンドルネームにしたんですが・・・
「0511」をつけてしまった時点で、「死者の魂の安息を願う」って意味が色濃くなっている気がします。
見送る方でしか考えられないんですよね、まだ。
死んだことないから(あはは)

ま殿のコメントを読んで、なるほどと思いました。
リセット!!
なるほど!

そして
>いつもよか、自分をむきだしにされている
なるほど!

書いた本人はなかなかわからんもんですが、何かいつもより自分語りが多かった、っていうか、自分語り一色になっているんですな。
いつもは、隠したり、トリック入れたりして、読んでくださる方に探って欲しい~みたいな感じもあるひねたブログなんすが(あは)
ヴォイ語りになると意外なほど素直に書いている気がします。
ホント、不思議な舞台だ~
見終わった後にも、波が来る
それも何度も、第何波も来る

やられましたな~~~
URL | レクイエム0511 #ofxKis3k
2013/11/29 07:48 * 編集 *

HN・・

なるほろお・・

やども、なかなか間抜けしたタイミングのコメですんません。
あん、秀忠様拝見。キャスト紹介?の上っ面に貼りついてる矢を射かけるの、まずいっしょ!

あで。いや、普段"レクさん"と失礼ながら略式で行き始めて随分経ちますので、ちょっと記号化してました。そですよなあ・・

>見送る方でしか考えられない〜
まったくの正論だべ(笑)。


>意外なほど素直に書いている〜
これもうんうん。
て、自分も、マイコメに頂いたお返事で、「揺れが出ていたり、いつもよかストレート」的なお言葉頂きまして、あ、そっか、て気付かされましたもん。
こちら、割といつもベタ打ちしてるんですが、それがいつも以上にベタベタ打ってる自覚はあって、そこがまた気持ち良かったです。

やられた時がやり時?
お時間の取れるときにまたゆっくりと!
URL | ま #JalddpaA
2013/12/03 01:06 * 編集 *

ま殿

まだまだまだまだまだまだ
ヴォイツェクにやられたままっす(^_^;)
やられっぱなし
っていうか、「生涯やられっぱ作品群」
いわゆるレクスペサル(何)の中に新たに
『ヴォイツェク』という舞台が加わったってことだす!
こりゃ、ぜひ再演してもらわんといかんですな。
見逃したところもいっぱいあるし…
何より、またヴォイたんに会いたいんですううう

URL | レクイエム0511 #ofxKis3k
2013/12/09 07:14 * 編集 *
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