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2011箱館の旅 (途中)

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誠に生きる〈第三章〉  

副長を崇拝しHEDWIGを愛し山本耕史さんを応援する日記

感動の写真展(2)

幕末から明治にかけて撮影された貴重な写真の数々
その枚数も膨大で、かなり見ごたえがあった!

時間をかけて全部じっくり見たが、その中でも印象に残ったいくつかの写真について書いてみたい。



まず、
文久2年撮影の幕府の遣欧使節団の集合写真や
元治元年の遣欧使節団の写真など、幕臣たちの写真が目を引いた。

写っている侍たちは、表情が凛々しく目が鋭い!
そして、手が大きい!と思った。
この当時は身長が今よりかなり低かっただろうけど、写真を見るとみんな身長に比べて手が大きかった。
幼少から剣の鍛錬で刀を握っていたからだろうか…!?

慶応年間の写真では松前藩主や南部藩主の写真もあり、藩主という地位にある方々の佇まいを実際に目で見て感じ取れた気がした。
みな重責を背負い藩を背負ってきた方々だ。




副長・榎本総裁・榎本対馬守の写真が中央のガラスケースに並べて展示されていた!

この展示のポスターにもなっている、おなじみの副長写真
(後年プリントで、撮影時の写真を修正しさらに鮮明度を上げている写真)

残念ながら副長写真は前期展示はレプリカだった…
実物の原本は後期展示だそうな。
後期ももちろん行くぞ!

※出品リストとその前期・後期展示時期についてはこちらに出ています

でもレプリカでもなんでもエエ
毎回毎回、見るたびにドキドキ

写真には「箱館市中取締 裁判局頭取 土方歳三」と書いてあって
なんかカッコエエ~~~\(^o^)/




副長の隣には榎本総裁!
これまたおなじみのヒゲの総裁写真
副長写真と同様に後年になってプリントされたものだ。

「総裁 榎本釜次郎【武揚】海軍副総裁」
と書いてあった!
幕府時代と箱館共和国時代の榎本さんのどちらも書いてあるんだなぁ…



総裁の隣には榎本対馬守さんの全身写真があった。

同じ榎本姓だから総裁と同一人物だと思ってしまう人もいるかもしれないが、まったく別の方なのだ!
榎本対馬守は幕府の目付だった方で、箱館共和国では会計奉行。
明治2年5月18日に五稜郭にて降服している。
(この榎本対馬守さんは、鳥羽伏見のあと富士山丸で江戸へ引き上げていて、
富士山丸内で局長と言葉を交わしたとも言われている)



展示では明治初期の箱館市内の写真もたくさんあった!

撮影年月日がはっきり特定できていないので、明治初期としか書いていないが…
もう戊辰戦争が終わった後の写真のようだったが、それでも当時の箱館の様子が見られるのは貴重だ!

特に時間をかけて見たのが箱館市内のパノラマ写真。
こちらに出ています)
これは明治22年撮影とあったから、もう大火の後で、
副長たちが過ごした箱館の街とはかなり違うと思うが…
でも
道は一緒だ!
そして海岸線もそのままだ!

パノラマ写真だから、弁天台場から箱館の街、そして七重浜へ続く海岸線や地形が一望できる写真なのだ!
本などで見てきた写真だが、こうして実物を見ると驚くほど細かいところまで鮮明に写っているのだ!

五稜郭から一本木関門へと続くまっすぐな道もはっきりと写っていた!
もう一本木関門はないのだが、道ははっきり写っている。
本当にまっすぐで、しかも関門があったであろう場所はすぐ先が海になっている。
今は埋め立てられてかなり陸地が広がっているが、こうして明治の写真を見ると、一本木関門のすぐ先は海が広がり、ここで戦いの指揮をとりながら朝陽が撃沈された様子や味方の戦艦が陸砲台となっても戦い続けたようすが副長にも見えていたに違いないと!実感できた。

写真のもつリアリティは本当に大きいもんだなぁ…

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カテゴリ: ・新選組

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