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副長を崇拝しHEDWIGを愛し山本耕史さんを応援する日記

箱館の旅~称名寺

現在の函館の街は、函館ドックにほど近い舟見町の通りが寺社群となっていて、たくさんのお寺がずらりと並んでいる。
私が訪れた9月23日はお彼岸ということで、この寺社通りはたくさんの参拝者で混雑していた。

お寺のほとんどは、明治の大火後に今の場所へ移転してきたお寺だ。
箱館は、明治だけでも3回以上の大火があったそうで、幕末の頃にあったお寺のほとんどは建て替えたり移転したりしているので、箱館戦争当時の場所とは違うところにある。


そんな寺社群の中のひとつに称名寺がある
(明治12年の大火で焼失後、明治14年に現在の地に移転)

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称名寺というと、ワタシの中で真っ先に浮かぶのが『燃えよ剣』のラストだ。

「明治十五年青葉の頃、函館の称名寺に歳三の供養料をおさめて立ち去った小柄な婦人がある。
寺僧が故人との関係をたずねると、婦人は滲みとおるような微笑を浮かべた。
が、何もいわなかった。
お雪であろう。」
(『燃えよ剣』より)

このラストを読んで、何度涙したことか…
ああ、お雪さん…
この一節を読んでから、いつかは訪ねたいと思っていた、称名寺…


そして、


史実では、なんといっても、
称名寺が箱館屯所だったということだあああ~

新選組の役目は、やっぱり市中取締りなのだ!!
称名寺は、明治2年4月に拠点が弁天台場に移されるまで、箱館の新選組屯所だったお寺!!

現在、境内には「土方歳三と新選組供養碑」があり
可憐なコスモスが手向けてあり、傍らのケースには千羽鶴などが飾ってあった!
(この供養碑は昭和47年に建てられた)

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この供養碑には副長の他に4人の新選組隊士の名が刻まれている
野村義時(利三郎のこと、明治2年3月26日宮古海戦で戦死)
栗原仙之助(明治2年5月11日 弁天台場で戦死)
粕谷十郎(明治2年5月11日山背泊で戦死)
※中島登さんの描いた『戦友姿絵』には野村さん、栗原さん、粕谷さんが描かれている。
小林幸次郎(明治2年5月降伏後の収容先弘前で病死)

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何年か前にオンエアされた新選組関係の番組で、この称名寺のご住職が出演され、墓地台帳の解説をされているのを観たことがある。

ご住職によると称名寺には新選組隊士の墓が2基あったそうで、
現存する墓地台帳にもちゃんと4人の隊士の名前が書かれていたのだ!

一基は野村義時(利三郎)の墓
もう一基は連名のお墓で、栗原仙之助・粕谷十郎・小林幸次郎

この2基のお墓は、今はもうない。
このお墓の近くにあった大きなポプラの木が昭和29年の台風によって倒壊し、お墓も壊れてしまったそうだ。

そして現在の供養碑の台座は、その壊れた墓石を集めて作ったとのことだった。
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高幡不動の明治2年の過去帳には、副長の戒名が2つ記されている。
乗玄寺内能量寺(納涼寺)の「廣長院殿釈義操」

称名寺の「歳進院殿誠山義豊大居士」
だ。

※能量寺は、東本願寺別院である浄玄寺内にあったお寺だが、今はない。浄玄寺は明治の大火までは称名寺・実行寺と並んで建っていた。当時旧幕軍兵士が多数埋葬されたと伝わっている。


称名寺の欄には
戒名とともに
「五月十一日   石田村生 土方歳三殿
   箱館浄土宗稱名寺二石碑有之鴻池手代大和屋友次郎建立」

とある。

以前の称名寺には、副長の石碑があったのだが、
度重なる大火でその石碑がどうなったかはわからない…

でも、今こうして供養碑があり、その台座は隊士のお墓の石で造られているのだ。

5人の名前が刻まれた供養碑…
そうか~
今目の前にある供養碑は、明治2年にはあった副長の石碑と、昭和29年まではあった4人の隊士たちのお墓石を一緒にしたものなのだな!!

副長を思い、新選組隊士を思い、供養碑に手を合わせてみなさんのご冥福を祈った。



称名寺は浄土宗のお寺で、本山は芝の増上寺なんだそうだ。
増上寺は徳川家の菩提寺…
そういう縁もあって、称名寺を屯所にしたのかもしれない。



蝦夷共和国の治安維持と市中取締り
北の大地の寒さはハンパじゃない!
厳寒の街中を新選組はパトロールしていたんだろうなぁ…

そんな隊士たちを励ましたり様子を見に来たり、
副長は頻繁に屯所に顔を出したと思うのだ。
モチロン、箱館市中取締・陸海軍裁判局頭取としての責任もあるが、やっぱ五稜郭にいるより屯所にいたほうが居心地よかったんじゃないかぁ~


「その奉行ってのやめてくんねぇか!!」
「じゃあなんて呼べばいいんですか~」

拙者の勝手な妄想ですが…
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カテゴリ: ・新選組

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