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2011箱館の旅 (途中)

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誠に生きる〈第三章〉  

副長を崇拝しHEDWIGを愛し山本耕史さんを応援する日記

箱館の旅~五稜郭 1

ついに

ついに

ついに五稜郭に来た


五稜郭

五稜郭

五稜郭
五稜郭
五稜郭

いざ、五稜郭に入城となると、あまりに感激して震えてしまった…

まさに、ここなのだ
まさに、まさに、まさに…

多少の整備や手入れはあれど、ここは変わらないのだ!!
この形、この広さ、この空間…それは当時と変わっていないのだ!!
まさにこの場所、この中に、彼らはいたのだ…

ワタシにとっては、この変わらなさ、この確実さが何よりも価値ある場所なのだ。

もちろん、中の史跡を見ることも嬉しいが、
何よりもまず、五稜郭の中に入れるということ
彼らが立っていただろう地面に立てるということ

それが感動なのだ…



まず、表門に行く前に半月堡に立ってみた!
(矢印のところ)
半月ちゃん



半月堡は、五稜郭内の出入口の防御のためのもので、本当は5個作るはずだったと…
予算の関係でひとつだけになったらしい。
五稜郭

尖った先端部分を撮ってみた!
五稜郭




そして、いよいよ五稜郭に入った

いたるところに残されている石垣
5メートル以上はあった…

この石垣も、戊辰戦争の戦いを見つめてきたんだなぁ
五稜郭
敵が石垣を上るのを防ぐために、石垣の上部が一段だけせり出している刎ね出しがある。
「刎ね出し」とは「武者返し」「忍び返し」ともよばれていて、天端から2段目の石が張り出して積まれているため、外から石垣を乗り越えられにくい構造になっているそうだ。
まさに、防御仕様の石垣なのだ。


五稜郭の中心にあるのは、再建されて1周年を迎えた箱館奉行所
dscn0505.jpg


そして、奉行所の前の道を挟んですぐのところには、戊辰戦争時の砲弾と大砲があった!

★一門は、築島台場の大砲で、イギリス製。
(※築島台場があったのは現在の末広町および豊川町、金森倉庫、あたりらしい)

★もう一門は、幕府軍の軍艦 蟠龍に撃沈された新政府軍軍艦「朝陽」の大砲で、ドイツ製。

五稜郭

五稜郭

五稜郭

朝陽といえば、運命の5月11日に幕府軍の軍艦 蟠龍に撃沈された軍艦。

そして、一本木関門にいた副長が言ったあまりにも有名な言葉
大野右仲さんの『函館戦記』にある
「この機失すべからず。
士官隊に令して速進せん。しかれども敗兵俄に用い難し。
吾れこの柵に在りて、退く者は斬らん。子は率いて戦え。」


この副長の言葉の中の「この機」が、まさに朝陽撃沈のことなのだ~

組!!でも出てきました~
この朝陽の撃沈シーンが…
それを見て
「見ろ! 敵の艦が沈んでいく。
あれは我が軍の勝利の烽火だ。
今こそ敵の本陣に斬り込む時だ」
と馬上から檄を飛ばす山本副長

いかんいかん
記事を書きつつ涙が出てきた

しばし、涙ぐむ…
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カテゴリ: ・新選組

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