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誠に生きる〈第三章〉  

副長を崇拝しHEDWIGを愛し山本耕史さんを応援する日記

箱館の旅~松前の旅 3

いよいよ松前城(福山城)に入る!!

まずは、橋を渡って馬坂を上った!

松前

dscn0440-22.jpg


松前
umasakhasi.jpg


松前


松前城(福山城)は階段のような作りで、山の上から階段状に本丸、二の丸、その下に三の丸という作りで、三の丸のあたりに7つの砲台があったそうだ。

馬坂を上ったところ(三の丸付近)に、当時の松前城のジオラマと地図があった!
これを見ると門の位置がわかりやすい!!
松前

松前

松前城の門は「搦手升形」と言われる堅固な作りだったのだ。

まず外に馬坂門があり、それを突破しても搦手二の門搦手門とで升形状の門になっている。

mon3.jpg



升形状の門というのは、門が箱型に構成されていて、2つの門が設置されているのだ。
この箱、つまり門を2つを通過しないと本丸の敷地に入れないようになっている。
また、箱型になっているから、二つの門の間で敵を閉じ込めてはさみうちにもできるという構造なのだ。

拡大図
↓この図で、搦手二の門搦手門がその2つの門にあたる。

dscn0456-2.jpg

つまりは、
馬坂門を突破し、

搦手二の門を突破し、

さらに搦手門を突破し

やっと本丸へは入っていける
ってことなのだ

すごいなぁ~
突破しても、また門があり、そこを突破してもまた門があるんだもんぁ


松前城攻撃では、門に絡んだ有名なエピソードがありますな
松前軍が、門を開いては砲撃しすぐに閉じ、また開いては砲撃するというのを繰り返して、旧幕府軍が苦戦したと…。
そこで、城門を開くタイミングでいっせいに銃撃して突破したという。

この攻防は搦め手の門といわれているが、
(実際にその地に立ってみると実感できるのだが)
この構造からすると、いちばん外側の馬坂門での攻防だったような気がする。

どちらにせよ、こういう構造だったから、門をすべて突破して本丸に向かうには、かなり苦戦をしいられただろうなぁ…

門の突破に苦戦している時、副長の寺町からの奇襲攻撃が行われて、松前兵は総崩れとなるわけだが、その寺町へは松前城探索の後でじっくりと回った。

まずは松前城内へ、いざ!!!!

馬坂門跡
松前
松前


搦手二の門跡
松前

現在復元されているのは、搦手二の門だけ
松前


搦手門跡
松前







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カテゴリ: ・新選組

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