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誠に生きる〈第三章〉  

副長を崇拝しHEDWIGを愛し山本耕史さんを応援する日記

飛脚がキマシタ

ここで書いた北海道新聞が届いた(嬉涙)

一日千秋の思いで待っていた飛脚がキタのだぁ~

7月7日付けの北海道新聞夕刊の地域情報版(函館支社)にその座談会はあった!

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本当に一字一句が貴重で、何度も繰り返し読んでは涙・・・また涙

それぞれのご子孫の方々が、思いを語り、当時の状況を語り
そして、最後にはみなさんが函館の方々に感謝の意を述べられている。

・・・感激しました(T_T)

柳川熊吉さんは若いころ江戸で榎本さんに会っていたとか
中島さんは戦死直前に三男が誕生をしたとか

今はじめて知ったこともあり、貴重過ぎて、もう・・・


紙面が限られているので、短くまとめられているが
きっと実際はもっともっといろんなお話が出たはず・・・

なんらかの誌上に載せるか、web上でそのすべてを公開してほしい!!

特に、土方愛さんの以下の言葉に涙が出ました。
副長は死に場所を求めて蝦夷に行ったといわれているが
「私には、どこでも死んでいいと身を投げ出したようには思えません。
 部下もいたし、二股口では米つき場も設け周到に体制を整えた。
 最期まで前を向いていたように思えます」


ああ、函館で見た風景が浮かぶ・・・

一本木関門への道を歩いて感じたことが蘇る

「副長が最期に見ていたものは、箱館山だったのではないか…

彼が馬で駆けていた時、まっすぐ目指した一本木関門への道でずっと見えているのは箱館山…

そして、戦闘に向かう軍人としては、感傷的な思いなどめぐらすことなく
いかにして敵を倒すか
いかにして味方を救うか

弁天台場の仲間たちのもとへ向かおうとして、
そのためには目の前のの敵をただひたすら倒していく

死を覚悟しているのは、どんな戦いにおいてもそうだったと思う。

だから、特別に5月11日に死に向かっていたのではなく、最期まで、ひたすら敵を倒して勝つことに貪欲だったのでは…
軍人として、いや、侍として、「戦に勝つこと」に全身全霊を向けていて、そのほかの思いはなかったというより、そんな思いを巡らせていては勝てないと思う…

今、目の前で戦っている敵に勝つこと

それのみだった気がした」


と書いた自分の気持ちが再びよみがえった。

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カテゴリ: ・新選組

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