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レクブログ法度

誠に生きる 第一章

誠に生きる 第二章

2011箱館の旅 (途中)

妄想ドリームチーム

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誠に生きる〈第三章〉  

副長を崇拝しHEDWIGを愛し山本耕史さんを応援する日記

そんじょそこら会見(追記あり)

今日、そんじょそこらの試写と会見があった模様

・オリコン



・共同

写真



・日刊

写真



・TV fan

写真


まだあるかも・・・


(追記)

サンスポ

写真
この写真だと立ち方はきれいだぁ


・デイリースポーツ

写真


・スポーツ報知


・中日スポーツ


土スタに会見映像出るかな!?






で、



あのぉ・・・


ええっと・・・


これ誰ですかぁ~(笑)

この微妙すぎる服装がぁぁぁ

なんか記事の内容よりも写真がインパクトありすぎて、もう

なんでや~
なんでこの服、この靴、この丈なんや~

八頭身のはずなのに
八頭身なのに

ホントは脚長なのに
ものすごい胴短長足なのに

なんか妙にスタイル悪く見えるのはなぜぇぇぇ

短髪が最強にカッコいいはずなのになぁ

うううう
あいたたたっ

このやっちまった感はなんだろ(笑)


奥田さんと飲みまくったりしながら
地元の方々との撮影はホント楽しそうで
ドラマのオンエアが楽しみじゃ~~~

ただ、服がなぁ(あはは)

♪なぜこの服なぜこの靴~♪(by キャシー in L5Y)

あはははは~



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カテゴリ: 青山誠

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CDつれづれ語り

アンドレースはいつも
「ヴォイツェク」
と呼んでいたのだが、
1度だけ
「フランツ!」
と呼んでいた場面があった。

あの傷ついたヴォイたんを心配している時
1回だけフランツ呼びしていたのだ。

それがどこか、
たぶん、あの時、
あの時だけ確かにフランツと呼んでいた

・・・・・

呼んでいた

・・・

呼んでいた・・・気がしたのだが・・・


今回のCDでそれを確かめることができたあああ~
\(~o~)/

殴られ、蹴られてボロボロになったヴォイツェク
それをいたわるアンドレース

慌てて駆け寄って

「大丈夫か、ヴォイツェク」

「何がやりたんだ、ヴォイツェク」


と、ここでもいつものようなヴォイツェク呼びなのに

トランクから次々に家族のものを取り出してつぶやいているヴォイツェクを見ているとき

「フランツ、お前陸軍病院に入れ
可哀そうに・・・」


と言うアンドレース

ここだけが「フランツ」呼びなのだ。

ヴォイツェクをファーストネームで呼ぶのはマリーだけなんだが、唯一ここだけはアンドレースも「フランツ」と呼んでいる。

あまりに痛々しい姿のヴォイツェクを見て、そう呼んでしまったんだろうか・・・
それほどまでに悲惨なヴォイツェクだったんだなぁ、きっと。

そのあとのタンゴのメロディの始まりにかぶさる
「ヴォイツェク!」
というアンドレースの悲痛な声はもちろんだが
この「フランツ」呼びもすごく印象的だった。




居酒屋での兵士の歌で

♪生きてりゃエクスタシー
明日は屍 だから今夜は~♪


のところ

「生きてりゃエクスタシー」
の「エクスタシー」
がなんて言ってるのかいまいちわからなかった。

ヴォイ友が

「生きてりゃエクスタシーだよ、きっと」

と教えてくれてはいたんだが・・・
今回、それが正解だったことが分かった!!

ただこれだけのことなんすが(^^;

なんかそれだけでもうれし~~~\(~o~)/


あ、そういやここって!

毎回この歌詞を聴くと
勝手に脳内変換されていたのだ

♪生きてりゃ江差~
明日は屍 だから今夜は~♪


あっはははh~
空耳にもほどがある

あまりにも副長脳、旧幕軍脳なんで(^^;
自分で意識していないのに勝手に脳が変換しちゃうのよぉ~

エクスタシー」が「江差」に聞こえてしまい、
松前攻めの歩兵隊の歌になってしまうのだ
どうしても・・・(え)

松前攻めの次は江差へ進軍なわけで
生きてりゃ今度は江差へ~って(あはは)


上演当時、これをヴォイ友だちに言っていたら

「レクさん、いくらなんでも空耳にもほどがあります」

と笑われたり

「さすがレクさん、江差に聞こえるなんて」

と感心されたりしていた(笑)


♪生きてりゃエクスタシー

ってCDのブックレットの歌詞にちゃんと載っているから
もう空耳のしようがないなぁ(あはは)


そんなこんなで

ハマってます
溺れてます
堕ちてます


頭の中にキノコがニョキニョキ生えてます

「ここは熱くてたまらない」

あっはははは~

カテゴリ: ヴォイツェク

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この2曲

『ヴォイツェク』上演中は、ほぼ毎日ヴォイツェクだったので、
観る度にその変化や進化を感じ、役が生きていく様をリアルに体感していた。

これぞ生の舞台の醍醐味!

イチバン変わったと思った曲が「悲しみのない世界」そして「赤い紐」

この2曲は特に思い入れがあり、ヴォイツェクの生き様とともに日々変化してきた曲でもあったので

全テイクの中から選ばれたのはどのバージョンだろう!?
三宅さんが選ばれたのはどのヴォイツェクだろう!?

それがCDを聴く楽しみのひとつでもあった。
もちろん、選ぶ基準は歌い方だけではなく録音状態も基準だったろうから、一概には言えないのだが…




「悲しみのない世界」は初日あけとオーラスでは印象がかなり違った。

いわゆる「ヴォイタンゴ」・・・

明らかに違うのは

♪君はどこに~

♪君はいない~

「に~」「い~」のファルセットが後半は地声に変わったというところ。

この違いがこの曲全体の変化の象徴でもあると思う。


最初のころのヴォイタンゴは
声がふわっとしていて弱弱しく儚げで
重力のない歌声というか、なんというか
コントラストの弱い色合いで
輪郭もぼやけた感じ
曲の全体のトーンが同じだった。

力のない微笑みを浮かべて歌う姿は
実体のない蜃気楼を見ているような、
…そんなヴォイツェクだった

それが後半からは
もっと声に存在感が出て、歌い方にもメリハリがついていたような・・・
弱弱しく歌うところときっちり歌うところのコンストラストがついて
曲の輪郭がはっきりと浮き出てきたような・・・
そんな印象に変わった。

もちろんこの曲を歌う時のヴォイツェクの空気感・世界観は同じであり、痛々しさと悲しみと計り知れない絶望の深さはずっと貫かれているのだが・・・

微妙に曲へのアプローチが変わったような気がしたのだ。

ホントに微妙なニュアンスの変化だし、
こちらの主観なのだが。


そして

CDでは、ファルセットバージョンが入っていた。






冷たくなったマリーを抱いて歌う
「赤い紐」

「今日は髪を結わなかったのかい
ザンバラだぞ」

この時の泣きの度合いは、日によって違ったのだが・・・

ワタシの印象だと、最初のころは泣き方が静かだったし、泣き声をマイクが拾えるほどに声をあげてはいなかった日もあった。

それがだんだんと声を出して子供のように泣くヴォイツェクになっていった。

イチバン泣いていたのは、東京のオーラスだったと思う。
この時は子供のように泣きじゃくっていた。


そして

CDでは、子供のように泣いているバージョンが入っていた。





(印象の違いはあくまでのワタシが感じたことであって、微妙なニュアンスや空気感のことです。)




初めてCDでこの2曲を聴いた瞬間に
「やったあああ~」
と思った!

2曲どちらもワタシが好きなヴォイツェクの方だったのだああ~


モチロン、どの日のヴォイツェクも全部好きだ!
どの回のヴォイツェクもぜん~~ぶ愛しい!。
ただ、やはり自分のイメージとか好みがあると、その中でも特に好きなヴォイツェクが出てくる。

ヴォイツェクの中でも特にこだわっていた2曲
CDに入っているその2曲が、どっちも自分の好きなヴォイツェクだったのが、うれし~~~




そんなこんなで、溺れに溺れています、ヴォイたんに・・・

結局それが言いたいだけだ(あはは)

招待状作りも部屋の片づけも、急にピタッと止まってしまった。
お雛様も出し忘れている(^^;


やばいです
溺れてます
堕ちてます

頭の中にキノコがニョキニョキ生えてます


扉の向こうはやはりヴォイツェク地獄だった(喜)


「おまえは精神が錯乱しておる」

あっはははは~~~

カテゴリ: ヴォイツェク

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奇跡の1枚

ヴォイツェクの扉は開かれ
再びヴォイツェクの世界に溺れてます・・・

ヴォイツェク以外の音はいっさい排除したい!!
・・・そんな気持ちになってしまう。

家の中では極力音の出るものを動かさない!
家族が見るので仕方なくつけざるえないリビングのTVの音も
ぎりぎりまで音を絞る(家族からはブーイングの嵐だが(^^;)


無音の世界

そして浸る、ヴォツェクの世界

部屋で流すのもありだが
やはりヘッドホンで聴くと溺れ方がハンパない


溺れるなぁ・・・




キーワードは

「寝た子」「呼び水」


CDは、曲だけではなく音のあるシーンはセリフも入っているので、リアルにその場面が蘇ってくる・・・

そして、蘇るがゆえに

「ああ、ここはこの先のあの台詞が好きだった」

「この歌の前の、あの言葉が聞きたいよ~」

「あのリフレインがあればいいのにぃ」

・・・などという、いわば「寝た子が起こされた」状態になり
「もっともっと、全然足りないわ」と気分はマリーになる(あはは)

飢餓感にさいなまれて悶えるぅぅぅ





こんな風に飢餓感が募るという反面

さわりだけ聴ける台詞から、その先にあったヴォイツェクの声がどんどん脳内再生されていく・・・

頭の中で勝手にどんどん再現されていき、
見えないものが心の目で見えてきて、
脳内上演されていく・・・

つまりは、聴いた台詞が「呼び水」となって、頭の中で舞台が動きだすのだ。

飢餓感を軽く凌駕する、この「呼び水」再演!!!!!

自分でも信じられないほど鮮明に脳内再現されていく・・・


ヴォイツェクの言葉が「呼び水」となって、再び戻れるのだ、
あの世界へ・・・


ああ、本当にこのCDの力はすごい!!




このCDの封を開けて、初めてブックレットを見たとき泣いた

まるで舞台を再現してくれるかのような
舞台写真の充実ぶり

まだ、CDをかけていないのに、ページをめくるだけでもう脳内上演が始まっていた。
気持ちはすっかり2013年の10月に戻っていた。

ここでもうすでに涙目になっていたのに、
ブックレットの最後にあるCD化にあたっての文を読んだら
もう、もう

特に
「音質やバランスのハンディを差し引いても
赤裸々な記録として残す価値があると考え」
のくだり

ここを読んだ途端にものすごく泣いた

泣けて泣けて泣けて泣けて
しゃくりあげるほどに泣いていた

こんなに泣くなんて、なぜだぁ~
自分でも驚いたくらい

なぜこんな泣いたのかは、自分でもよくわからない・・・

「自分の音楽劇『ヴォイツェク』へかける熱い思いを、
たくさんの方々と共有出来ている」
・・・そんな実感が得られたからかもしれない。



この時は泣きながらも
まだCDを聴いてもいないのに
もうこんなに泣いてるなんて
「早いな!」
などと、いつもの自分らしい突っ込みを(笑)自分に入れつつ。




このCDを世に出してくださったすべての方々に心から感謝します。

まさに奇跡の1枚なんだなぁ・・・


カテゴリ: ヴォイツェク

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