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2011箱館の旅 (途中)

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誠に生きる〈第三章〉  

副長を崇拝しHEDWIGを愛し山本耕史さんを応援する日記

感動の写真展後期(3)

後期展示の風景写真で印象に残ったのは


明治初期に撮影された
『豊川町から見た箱館山』
(豊川町は赤レンガ倉庫街の近く)
海沿いの町なので、海へ続く水路に舟があり、函館山が大きく写っていた。


明治11年撮影の『函館雪景』
どのあたりなのか、写真を見ただけでは町名まではわからなかったが、雪景色の函館の町が美しかった。


明治初期撮影の
『會所町 田本研造寫場ヨリ見タル函館港』(3枚)
(會所町とは、今でいう元町の北東部あたりで八幡坂付近らしい)
函館港に停泊するたくさんの船
たぶん、軍艦ではなく商船だろうけど…


これら函館の風景は、たとえ戊辰時から何年か経っている写真だとしても、当時を偲ぶことができる気がするのだ。
もう1869年の夏には箱館から函館へ改名されてしまってはいるが、副長たちが生きた箱館の町の原風景に近いように思えるから、なんともいえない気持ちになる。
ああ、こんな風景だったんだなぁ、こんな町並みだったんだなぁ・・・と。
少しでも彼らが見ていた風景を共有してみたい
そんな思いを持ちながら、写真を必死に見てしまう

※箱館から函館への改名については函館市サイトのこちらに詳細が出ています


今回は函館の地図を持参していたので、町名などから
「写真に写っている風景がどの当たりから見たものなのか」
「丁サや屯所とどういう位置関係にあるのか」
いろんなことを確かめながら写真を見ることができてホントによかったです!!

この写真展に行かれる方は、函館の地図持参をお勧めしまする
(^O^)/



そのほか、明治後期に撮影された『徳川慶喜を囲む集合写真』とか…
(今タイムリーな)新島 襄さんの写真とか…
まだまだたくさんの貴重な写真が展示してあり、1枚1枚時間をかけてゆっくりと周ることができたのだった。

そして帰り際に、もう一度副長に会い、名残惜しい気持ちをもちつつ会場を後にした。

今、現存する副長の写真は数枚ある。
そのうちの1枚の実物を間近で見られたことがあまりにも嬉しくて嬉しくて、
本当に本当に感激感涙感動しましたぁぁぁ~


後期も見応えがあり、充実した写真展でした\(^o^)/
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感動の写真展後期(2)

後期展示では副長写真のほかにも貴重な写真がいっぱいあった!

その中でも心に残った数枚について書いてみたい。

まずは、副長写真と並べてガラスケースに展示されていた
「旧幕府脱走軍兵士」

これも戊辰戦争関係の書籍ではよく見かける写真だ!
5人の兵士の写真
(真ん中の3人は立っていて、両サイドの2人は椅子に座っている)
5人が見事なほど違う方を見ている(あは)
1枚の写真なのに、視線がバラバラなのだ~

この写真、実物を見て驚いたのは、
「想像していたものよりすごく小さいものだった~」
ということ。
縦6センチ、横10センチくらいだったもんなぁ
こんなに小さい写真だったとは
集合写真ってもっと大きいイメージがあったんで意外だったぁ~


この写真の右から2番目が人見勝太郎さんではないかと言われているので、その他の4人は遊撃隊の兵士だろうとも言われている。
人見勝太郎さんは遊撃隊の隊長で、伊庭八郎さんとは盟友だった。
箱根・小田原から東北を転戦したあと箱館へ…

箱館政府では松前奉行だった。
拙宅の箱館の旅 松前編にあるように、松前城の博物館には副長や総裁とともに人見さんの写真が飾ってあった。

人見さんは箱館降服後の明治を生き抜いた方で、後年は事業家としても活躍されているし、たくさんの熱いエピソードがあるお方なのだ。




明治5年に撮影された鶴ヶ城の写真と、明治7年頃に撮影された白虎隊のお墓の写真もあった!

鶴ヶ城が石垣だけを残して取り壊されたのは明治7年だから、この写真はその2年前のものということになる。

鶴ヶ城の写真は、めずらしくお堀と城の横を撮った写真だった。
お堀が写真の中心だったので、石垣と城壁のほんの一部が写っているだけ。
だから無残な銃弾や砲撃の痕は写ってはいないが…
でも、見ているとなんだか切なくなった。
それは、やはり「明治5年撮影」という重み
これが大きいのだ

そして、白虎隊の写真もそうだ。
写真を見る限り、今とあまり変わっていない墓と裏の山の風景。
でも、これが明治の初期に撮影されたものなのだという、その生々しさ…

写真というのは、写っているもの以上の何かを感じさせてくれるんだなぁ…
撮影したときの時代背景、撮影される側の立場、生き様、生きた証し、過ぎ去った日々

写真の持つ力はすごいと思った。

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感動の写真展後期(1)

昨日、恵比寿の東京都写真美術館で開催中の
『夜明けまえ 知られざる日本写真開拓史
  ~北海道・東北編~』

の後期展示に行ってきました。

(拙宅の前期展示のレポはこちらこちらこちら

2013-04-18_12-23-40_325-1.jpg

2013-04-18_12-23-23_305-1.jpg




やはり、後期のイチバンの感動写真は
ポスターにもなっている副長写真!
(前期はレプリカの展示だった)

ガラスケースに入ったその写真を食い入るように見た!

ああ、実物をこんなに間近で見られるなんて

どんな副長関係の書籍にも必ずといっていいほど載っているこの写真だから、書籍上では何百回と見てきたが、まさに目の前にあるのはその実物なのだ~

普段は函館市中央図書館に保管されているから、
この写真の実物が外に出ることはめったにない!

こんな風に本物を間近で見ることが出来る機会は、
もうこの先あるかどうか…
あるとしても、この先いつになるかわからないし!

「箱館市中取締 裁判局頭取 土方歳三」
と書かれた文字を見ると、本当に箱館にいたときの副長を実感できる

この写真は後年プリント(撮影時の写真を修正してさらに鮮明度を上げている写真)で、明治2年制作とある
ああ、まさに、あの時代からずっと存在し続けてくれた写真なのだ(感涙)

あまりにも自然にカッコ良く洋装を着こなしている副長
何度見てもドキドキする

同時代の方々で、これほど洋装を自分のものにしている人はいないんじゃないか~
外国暮らしをした経験があるわけでもなく、洋服なんてまだ着始めてから1年そこそこしか経っていないだろうに…
なぜに似合うのだ、こんなにも~~~

ガラスケースに立てて展示されているから、この写真を裏からも見ることができた!
裏には、どこかに貼ってあったのを剥がしたような痕があった!

胸元に白いマフラーを巻いているように見えるのは、実は白い襟のカラーの上にふわっと白いスカーフのようなものを巻いているらしい。
固いカラーの上から、ふわりとした白い布を巻いているのか…

こういう服装の場合は蝶ネクタイをつけることが多いらしいが、
副長は蝶ネクタイではなく白いスカーフなのはなぜ!?
蝶ネクタイが調達できなかったのか・・・
いやいや、蝶ネクタイがイヤだったのかも(あはは)
だから代わりに白いスカーフ…
こっちの方が全然カコイイもんなぁ~

そんな風に勝手に妄想しながら(^_^;)
ガラスケースに鼻をぶつけそうになるほど見つめ続けた。

こうして実物をこんなに近くで見られるなんて、本当に貴重な、貴重な、貴重なことだった(涙)

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