FC2ブログ
08«1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.»10

Calender

New Entries

レクブログ法度

誠に生きる 第一章

誠に生きる 第二章

2011箱館の旅 (途中)

妄想ドリームチーム

Links

Category

All Entries

SOZAI

QR code

フリーエリア

誠に生きる〈第三章〉  

副長を崇拝しHEDWIGを愛し山本耕史さんを応援する日記

薄桜記第10話を観た(涙)

観終わったあと、あまりに切なくなって
胸が張り裂けそうだった…

第10話を観てあらためて思ったのは、テンゼンが失ったものの大きさだ。

片腕とともに失ったものがあまりに大きいのだなぁ…と。

何度も出てくる「死に花を咲かせる」という言葉。
第10話以前にも何度か出てきた言葉だ。

死に花を咲かせる、
すなわち、死んで誉れを残す、

この「誉」は、世間で認められるような誉れのことだけではないと思う。
誰にも知られなくても、世間では悪者扱いのままであろうとも
無名でも、有名でも、自分自身の中で「誉」のある死に方ができれば、それは死に花を咲かせたということになるんだと思うのだ。

そして、武士と生まれた者にとっての「誉」とは「忠義を貫く」ということ。
忠義、すなわち主君に対して命がけで仕えること。

忠義を貫いた死に方(生き方)こそが「死に花を咲かせる」ということなのだろう。


第10話を観ていると、安兵衛や吉良様、家臣、みなそれぞれが忠義のために生きて死のうとしている。
武士として忠義を貫く生き方、死に様。

しかし、

そんな中で、テンゼンだけは忠義心はあってもそれを向けるものがない。

まったくないのなら大きく絶望もできるが、
もしかしてあるのかもしれないが、それをまだつかんでいないのかもしれない

つかんだと思ってもそれは幻かもしれないし、
見えたと思ってもそれは薄明かりに過ぎないないような…

何かがあるともないともわからないまま、
暗闇で何度も宙を掴むようなもどかしさ

それでも、もがき苦しみながら、答えを出そうとしている姿が胸を打つのだ

見ていて切なかった、本当に切なかった(>_<)


旗本として生まれ育ち、徳川家への忠誠を尽くすことが「生きる」ということだった。それが忠義だった。そんなテンゼンがそれを失ってしまったのだ。
武士として優れていたからこそ、失ったものの大きさがどれだけ計り知れないものだったのか、
それを今回すごく感じた。



きのう第10話を見る前に書いた拙宅の記事「最終話に向けて」

「テンゼンは、何を貫いて何を守り、
 何を失って何を得たんだろうか」

と書いていたが、第10話を見て

「何を失って」

が、本当の意味でわかった気がした。

じゃあ「何を得た」はいったいなんなのか…
それは最終話を見た後にわかるんだろうな、きっと。
スポンサーサイト



カテゴリ: 薄桜記

tb: 0 |  cm: 2
go page top