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誠に生きる 第一章

誠に生きる 第二章

2011箱館の旅 (途中)

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誠に生きる〈第三章〉  

副長を崇拝しHEDWIGを愛し山本耕史さんを応援する日記

箱館の旅~千代ヶ岡 1

千代ヶ岡陣屋というと、
「5月11日に副長がここから出陣した」
「中島三郎助父子が降伏を拒否して討ち死にした」
ということぐらいしか知らなかった。

そして中島三郎助さんのことも、歴史ヒストリアで観るまではほとんど名前しか知らなかった(^_^;)

そんな浅い知識しか持たずに、今回千代ヶ岡に行ったのだが、
実際に五稜郭から一本木関門跡まで歩いたことで、まずその地理的な視点での把握ができた!

この千代ヶ岡陣屋がいかに旧幕府軍にとって重要だったか
ここが最後の砦だったことがよくわかったのだ!!

五稜郭からまっすぐ一本木関門へ向かう道があり、千代ヶ岡はそのちょうど中間に位置していた。
(水色が五稜郭から一本木関門へ向かう旧道)
ちよがおか地図



5月11日の新政府軍総攻撃により、
弁天台場を残し、一本木関門までの箱館の町を縦断され、
七重浜を取られ、
そしてついに一本木関門が落され・・・
孤立した弁天台場を除けば、旧幕軍側には、もはや千代ヶ岡から五稜郭までしか残っていなかった。
千代ヶ岡陣屋は、五稜郭を守る最終防衛ラインのようなものだ。
だから、千代ヶ岡陣屋を落されては、もう、五稜郭を守る術がないのだ。

逆に、新政府軍の側から見ると、五稜郭へ攻める場合、進軍する際にそこに唯一立ちふさがるのがこの千代ヶ岡陣屋なのだ。
つまりは、この千代ヶ岡さえ落せば、もう五稜郭は半分手に入ったも同然なのだった。

それが千代ヶ岡陣屋
まさに最後の砦だなぁ…


千代台公園の脇にプレートがあった
千代が岡


千代が岡


この辺は上り坂になっていた。
やはり台場があったがゆえの地形かな…
東西約130m、南北約150mの土塁を築き陣屋を置いたとのこと
このあたり一帯がそうだったらしい。
(このすぐ先の右に中島小学校がある)
千代が岡

カテゴリ: ・新選組

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箱館の旅~七重浜

七重浜って、なんとなく遠いイメージがあったのだが、
なんとJR函館駅からJR江差線で2つ目で、10分で行けてしまったのだ

七重浜だあああ~
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駅前の大通りをひたすら歩くと、ものの10分もかからずに浜に出た!!

これが七重浜だああああああ
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かもめよ~
ここが七重浜なんだね~
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まず最初に組!モードで

これだ!!!
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「それじゃあ誠の字が見えねぇだろ!
もっと大きく掲げろ!」(by 副長)

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で、やっぱこれだ!!!!

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組!!のオープニングシーンは七重浜
蛇にパニクる島田のせいで(笑)、官軍に見つかってしまうが
ここで登場なのだ~、劇激撃カッコイイ副長が


実際には副長は七重浜の夜襲攻撃の場にはいなかったけど、新選組に七重浜夜襲の命令を出したのは副長だとされている。

二股口から五稜郭に帰った副長は5月1日に弁天台場へ行き、新選組に七重浜夜襲を命じている。
その後、七重浜へは数回の夜襲攻撃がかけられている。

島田魁日記に
“夜三更我新選組二小隊先陣トス、彰義二小隊中軍ニ備陸軍一小隊ヲ後陣トス、暗ニ乗シテ官軍ノ陣ヲ襲ヲ、”
から続く夜襲の描写がある。
「三更」とは子の刻のことだから、だいたい夜の11~1時あたりらしい。
5月1日の夜中から2日の未明にかけて夜襲のあと、2日の夜から3日の未明、さらに3日の夜、6日にも夜襲があったそうだ。(2日の夜襲からは大鳥さんが現場で指揮をとっていた)


また、七重浜は箱館戦争の海戦でも激しい攻防があったところだ。
箱館海戦を書いた文献の中に「七重浜」の文字があちこちに出てくる。

5月入ってから11日までの七重浜から函館港にかけての激しい海の攻防も、今宮古湾から帰ってきて読むと、さらに熱く胸にくるなぁ…
“独り甲鉄艦のみ湾の中央に来り、隠然として動かず”
(『函館戦記』より)
なんてのを読むと、「甲鉄コノヤロ~」なんて熱くなってしまう
(^_^;)
「隠然として」って意味を調べてみたら、
「表面ではわからないが、陰で強い力を持っているさま」
とあった。
無言の圧力ちゅうか、その存在だけで威圧している様子が浮かんできてしまうから…



七重浜から富川方向を眺める
富川といえば新政府軍黒田の本陣…

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七重浜から見た函館山
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この大きさは当時とまったく変わらないはずだ…
七重浜から箱館を見ていた彼らの目には、こんな風に箱館山が見えていたのか…
同じ山を今見ているのだなぁ(感涙)






カテゴリ: ・新選組

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なんだが妙に~

なんかぁ~

今日はぁ~

お昼過ぎから妙にハイテンションになってしまっている


なぜだあああ~(ふふふ)


外は寒いけど心はキテルよ~(何)

あ、いいね~、

パッションだ
パッショングルーヴィー
パッションフルーツ

パッションだああああ~\(^o^)/
仕事頑張るぞ~~~

カテゴリ: ・その他のコウジ

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ヘドウィグの日

今日は11月9日

1989年11月9日ベルリンの壁は崩壊した

「11月9日」という日はベルリンの壁の崩壊の日というだけではなく、ヘド姐さんにとって繰り返し出てくる日なのだ!

ルーサーと結婚したのが1988年11月9日

その1年後の1989年11月9日にルーサーは出て行った…

トレーラーハウ暮らしのヘド姐さんは
「アタシは、違法につないだケーブルテレビで壁が倒されるのを見てた」


無性にママに会いたくなったり
ルーサーがくれたウィッグを床にたたきつけたり

「アタシの頭の上に恐怖がしゃがみこんでた」

そして、部屋に置いてある結婚一周年のプレゼントの山を見て呆然としているヘド姐さん…


また、11月9日はクリスタルナハト(水晶の夜)の日でもあった。

1938年11月9日ナチスに先導された民衆がユダヤ人街の窓ガラスをたたき割った。

路上がガラスの破片だらけになったという、

「それをキラキラと美しいクリスタルに例えたわけ」

「破壊された商店7500、収容所おくりが30000人!!」




私にとって11月9日は
ヘド姐さんを思い、
ヘド姐さんの声そのしぐさ、泣き顔が鮮明に蘇ってきて
ヘド姐さんに無性に会いたくなる日なのだ



ああ~

もうくるしいよおおお~

「アタシをヘド姐さんのもとに連れてってぇ~
アタシの頭の中には、それしかなかった」

カテゴリ: ・HEDWIG

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宮古の旅を終えて

ロウソクの炎で誠の文字を灯す準備をしている地元宮古の方々

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そこには、津波で家屋が流されて残されたたくさんの家の土台があった…
土台には花が手向けてあったり、何か言葉が添えてあったり…
たくさんの方々の生活と命が一瞬にして奪われてしまった、
そんな光景が、信じられないほどの広範囲にわたって続いている。
実際にその光景を目にした時は、言葉も出なかった…
そして地元の方々からつらい体験のお話もいろいろと伺い、
胸が痛かった、本当に…

でも、宮古の方々といろいろお話をさせていただき、前向きにがんばっておられるみなさんを見て、ますます応援したくなった!!
こんな微力な私に何ができるんだろうとは思うのだが、とにかくできることを細く長く無理せずにやり続けるということかな~と思った。

応援というのもおこがましいかな、
宮古を旅して、それが少しでも地元の方々にプラスになったらいいな~

「そうだ、宮古へ行こう~」←これが私の応援スタイル…

宮古は本当にいいところです\(^o^)/
わずか1日半の滞在ながらも、お魚のおいしさ、特にお刺身の美味しさと安さに感激!!
お酒もオイシイ~
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それに、組、副長ファンにとっては、まさに宮古は最後の聖地といっても過言ではない

“土方歳三”が軍艦に乗って奇襲攻撃をかけたのだ~
あの土方歳三が海で戦ったのだ~
これほどすごいことはないじゃないかぁ!!!!!

そして、宮古海戦が、チーム箱館にとってどんなに大きいことだったか!!
起死回生をかけて勝負に出た彼らの戦い方と信念の強さ、
そして払った犠牲の大きさ、失った戦力…
戊辰戦争の中で、宮古海戦の占める位置は大きい!

今回の旅ではスケジュール調整や天侯の関係で、行けなかった場所がまだいくつも残されているのだ!!
例えば、大杉神社の「宮古港戦蹟碑」や、その裏手にある夏保峠の旧道
例えば、臼杵山の山頂にある「宮古港海戦碑」
そのほか、まだまだ行ってみたい場所がたくさんあるのだ。

海と山に囲まれていて、いろいろな角度から宮古海戦を検証できるのも、宮古ならではの魅力の一つだと思う!!

海上で体感した「宮古海戦」を、今度は山の上から見つめてみたい!!


また行くぞ~~~宮古へ


このステッカーを車に貼って、
そこにこめられた思いをいつも忘れずにいるぞ

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カテゴリ: ・新選組

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宮古へ …【4】~アボルダージュ(2)(修正あり)

いよいよ出航~

乗船のみなさんは、隊士姿の方々や旧幕軍の方、いろんな扮装の方々も混じっていて、気分は一気に戊辰戦争へ

新選組研究家の釣洋一さんも同乗してくださり、船の中で宮古海戦について詳しく解説して下さった!


そして、なんと、船長さんは甲賀源吾さんの扮装をしてくださっていた
この船長さんは、坂本繁行さんという方で、震災の日に地震の後すぐに舟を沖に出して、1隻の遊覧船を守り抜いた方だ。
( こちらの記事に出ている)
そして乗船させていただいたのが、まさにその1隻の「第十六陸中丸」
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船長が命がけで守り抜いた船なのだ!
(誠の旗を持って出港を待つスタッフの方)
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いざ!!宮古海戦へ!!

赤い矢印が、今回乗船した遊覧船のルート。
矢印の先頭あたりが、海戦のあった場所らしい。
浄土ヶ浜からいったん沖の方へ出て船の向きを反転させ、宮古港海戦ポイントへ向かったのだ!
青いラインは、幕末の頃の海岸線。
実際の宮古海戦時はこういう海岸線だったそうだ。
『宮古海戦を追え』(土方愛・横田淳 著)を参照させていただきました。
今は埋め立てられているが、当時はもっと湾内が広かったということだ!
※地図をわかりやすいように少し修正しました
宮古湾海戦の旅
(クリックすると大きくなります)



小雨が降って靄がかかっているがゆえに、かえって海戦当時の雰囲気が出ていて、船上からの景色を見つつ、頭の中はすっかり戊辰の回天に乗ったつもりになっていた!!

回天・高雄・蟠竜の3艦で甲鉄奪取に向かった旧幕府軍。
しかし、大しけにあって3艦は離反…
なんとか遅れて回天に合流できた高雄が故障…
明治2年旧歴3月25日未明、回天は1艦のみで作戦を決行
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星条旗を掲げてじわじわと宮古湾の内の鍬ケ崎の港へ近づく
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鍬ケ崎の港内には8艦が停泊
めざすは甲鉄!!
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海戦ポイントまであと少し!

宮古海戦で亡くなったすべての戦士と3月11日の津波で犠牲となられた方々の鎮魂のために献花が行われるとのことだった。
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ついに来た!
甲鉄は目前!
回天は日章旗をかかげてアボルダージュ!!
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海戦ポイントに来て船はそこで止まり
いっせいに白い菊の献花が
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どこからともなく聞こえてきたのは、祇園囃子のコンチキチン
驚いて陸地へ目をやると
なんと遠くに見えたのは祇園囃子の方々の演奏する姿だった!
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本当に感動しました~(感涙)

宮古海戦のまさにその場所に今自分がいると思うだけで、もう胸が痛いくらいに感動しているのに、さらに鎮魂のための祇園囃子の音色が耳に入ってきて

そして旧幕軍兵士に扮した方々が
「宮古港海戦で亡くなったすべての英霊と津波で犠牲となられた方々へ敬礼!!」
と言い、空砲を3発放った!!
当時の洋式銃を再現したものだった!
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「捧げ銃!!」
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この時は、感動のあまり涙が止まらなかったです…


宮古海戦のその時
いきなりの奇襲に驚いた新政府軍の兵士たちは、下駄のまま乗船したそうだ。
宿舎にはブーツがたくさん残されたままになっていたとか…

だが30分もなく勝負は決してしまった
敗走する回天

今度は回天の敗走を再現して、遊覧船も全速力に近いようなスピードで宮古海戦ポイントを離れていった。

さらば、宮古海戦
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どんどん遠くなっていく
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あっという間に港の外へ
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本当に貴重な体験だった!
こういう機会を与えていただき、感動と感謝で胸がいっぱいだった。

距離感や目に入る自然の景色と景観
それは当時のままだろう、きっと…

宮古に行き、さらにチーム箱館への思いが強くなったような気がしたのだった。



カテゴリ: ・新選組

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宮古へ …【3】~アボルダージュ(1)

宮古で一夜を過ごし、いよいよ宮古海戦をたどる旅へ

朝からドキドキして食事が喉を通らなかった(^_^;)


あいにくの雨模様だったが、それでかえって当時の海戦らしさが出ていた


まずは、旧幕軍無名戦士の幕軍勇士墓碑のある藤原観音堂へ…
今は埋め立てられて道路になっているが、当時はこの観音堂のすぐ前は波打ち際だったそうだ。
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旧幕軍兵士らしい首のない遺体が打ち上げられ、
藤原に住む大井要右エ門という人が
「仏に官軍も賊軍もない」
とここに埋葬して弔ったという。

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島田魁日記に
「野村利三郎甲鉄ニ而烈戦シ、数人ヲ斬、我艦ニ入ラント欲ス、敵鑓ヲ以テ其背ヲ傷キ、海中ニ没ス」
とあるので、この遺体は、野村利三郎とも言われているが、先頭で斬りこんでいった大塚浪次郎(一等測量士)さんという説もあり、真意はわからない…

野村さんは函館の称名寺にも弔ってあったなぁ…
箱館の旅を思い出して、胸が熱くなった


宮古海戦で勇敢に戦った戦士の霊に手を合わせて、ひたすら冥福を祈った
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バスでの移動中に撮った一枚
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この写真は、ブリュネさんが箱館に向かう途中で停泊した時にスケッチした榎本艦隊のスケッチと同じ角度から撮ったものだ!
当時は車のあるところも浜だったが、今は埋め立て地になっている。
でも、山の形や海の見え方がそのスケッチと同じだ!
(月間『みやこわが町』2007年3月号参照)
無題





次に、浄土ヶ浜の御台場展望台にある宮古港海戦記念碑へ…

明治から100年を記念して建てられた記念碑で、台座が砲台の形になっている

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展望台から見た浄土ヶ浜
残念ながら、雨にけむっていた…
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浄土ヶ浜の遊覧船乗り場へと山道を下り、
いよいよ宮古海戦の海へ出航だぁ~

カテゴリ: ・新選組

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宮古へ …【2】~祇園囃子と誠

室内イベント会場は、鍬ヶ崎小学校の体育館

ステージでは、演舞やトークショーなどが開催されていた。
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京都から駆けつけた祇園囃子の方々による生演奏
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コンチキチンの音を聴くとどうしても池田屋が浮かんでしまうのは、組ファンのサガ

生で聴く祇園囃子は、その音色の素晴らしさと迫力で感動したぁ(感涙)


星亮一さんの講演もあった
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そして土方愛さんのトークショー
(歴ドルの小日向えりさんがお相手だった)
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一般の方々にもわかりやすいように、副長の生い立ちから戊辰戦争に至る経緯を説明してくださった。
そして、新選組と宮古のかかわりについても熱く語っておられた!

これまでにも、日野でのトークショーや資料館で愛さんのお話を伺う機会があった。
どちらかというと少し控え目に淡々と副長のことを語っておられる印象があったのだが、今回の宮古のトークショーでは、愛さん自身が熱く副長のことを話していたというのが印象的だった。

「歳三さんは、私にとっては先祖のひとりというか、身内の中のひとりというイメージなんですが、最後まで徳川を守って生き方を変えなかったところが凄いと思います。」

「誠という字は“言うを成す”、つまり有言実行ということなんですが、その“誠”という字をまさに生きた人だと思います。
評価はそれぞれだとは思いますが、本当にたくさんのみなさんが歳三を慕ってくださるのは、その生き方に惹かれるんだと思います。」

などなど、かなり熱く語っておられて感動したなぁ~

また、宮古海戦についてのお話になった時も、

「アボルダージュという作戦を立てても、それを実行するにはそうとうの勇気と信念が必要だと思います。
停泊している8隻に対して1隻で戦いに挑んだ、1対8でも実行したんですよね。
そして、その後、宮古湾で敗戦しても落胆せずに戦い続けるんですよ」
と、ここで二股口の戦いについても少し話して、

「どんな状況でも誠を貫いた歳さんはすごいと思います。
 まさに信念の男です。」
と力強く語っておられたのだった。

また宮古についても、2007年に宮古を訪れて本当に感動したことを話され、
「新選組と宮古とのかかわりをもっともっと多くの人に知ってもらいたい!」
とおっしゃっていた。

「宮古というところは、山から陸から海から巡ることだできて、360度いろいろな方向から史跡を眺めることができて、しかも史跡は超一級です」
そして
「宮古は新選組ファンにとって最後の聖地です」
と熱く語り、宮古のみなさんへのエールを送っておられた。




外が暗くなる前には、誠の文字を炎で浮かび上がらせるために準備の方々が奮闘していた!!
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会場の小学校は少し高台にあるのだが、震災当日は1階まで津波が押し寄せ、この体育館も一時は水につかったそうだ…
そして、その後はずっと避難所として被災者の方々が生活しておられた場所。

今は、すぐ隣に仮設住宅が並び、目の前には土台だけが残された光景がどこまでも続いていた(涙)


夜になって、見事に浮かび上がった炎の「」と「武士魂

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なんと、この炎のそばでは、先ほどの京都の祇園囃子の方々が、コンチキチンを演奏してくださっていた!!

祇園囃子が演奏される祇園祭は、平安時代に襲った大地震の津波などで被害が出た時、その怨霊を鎮めるためのものが起源だったそうだ。
そして、囃子の音色には、疫病退散と平穏の願いが込められているとのこと。

祇園囃子の音色と、灯された「誠」の文字が幻想的で、
感動のあまり涙が出た

カテゴリ: ・新選組

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宮古へ …【1】~誠が集結

宮古に行ってきた!!

※被災地としての宮古の町について、目にした光景や地元の方々にうかがった話、その思いについては、最後に別記事で書きたいと思うので、宮古レポは組と宮古湾史跡めぐりの記事として、いつものノリで書きます。



11月5、6日に宮古市で開催された
新選組サミット in 宮古

さまざまなイベントもあり、念願の宮古湾海戦をたどることができた!



宮古…
組を思い、副長を思う時、絶対に行ってみたい場所の筆頭の地

宮古海戦
そして、蝦夷へ向かう時、立ち寄った港でもある

念願の宮古
ついにその宮古の地を踏むことができた!!

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宮古の町にひるがえる誠の旗
ダンダラ
会津の旗印
長岡、京都…

旧幕府軍のさまざまなコスプレの方々が集結!!

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日野では見慣れた光景なのだが、地方で見るとすごく新鮮だった

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実際に地元の宮古の方々に聞いたら、誠の旗がなびいていたり、ダンダラの組姿の人が2、3人歩いているだけで、ものすごく驚いたそうだ!
こんな人たちは初めて見たとな!

そうっか、そうだろうなぁ…

日野に住んでいると当たり前過ぎて
隊士フルコス姿の人がグループで歩いていても、普通過ぎて日常の一部みたいにしか思わんからなぁ…
「誠」の旗は、いつも普通に商店街にたなびいているし、
特別にイベントが無い時でも、ダンダラはあるし、誠もあるし(あははは~)
そういう環境の方が、本当は異色なんだよな(笑)


紅葉に映える「會」の文字
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もう、この一字だけでテンションが異常に上がる上がる


ブリュネさんもいた
(ご本人に伺ったら写真をブログに載せてもOKだそうです)
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箱館共和国の旧幕府軍のみなさま
(写真をブログの載せてOKだそうです)
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この方々は、以前に五稜郭祭のパレードに参加されたそうだ!
パレード前日の夜、五稜郭の中でこの姿のまま暗がりで隊列の練習をしていたら、それを見た観光客の人が物凄く驚いたそうな!
「幽霊かと思った」
と言われたとか(あはは)
暗がりの中で見たら、そりゃ驚くよなぁ~

この方々は、この姿で今回の宮古海戦ツアーにも参加!
船上では重要な役割を担っていたのだった!

カテゴリ: ・新選組

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組!映像、キタ~!!

今夜オンエアされた
NHK『プロフェッショナル仕事の流儀~脚本家 三谷幸喜』の中で、
組!映像キタ~~~~~~\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/

制約のある中での仕事という中で
「大河ドラマ「新選組!」では、一話は必ず一日の中で完結するというルールを設け、脚本を書いた」
とあって、出たのだ、組!映像が2場面

しかも、そのチョイスが…
『流山』『愛しき友よ』なんだもんなぁ

それも
「あんたは敗軍の将だ、下手すれば打ち首だぞ」
と詰め寄る洋装副長
「ならばここで腹を切るまでだ」
と答える局長
「違う!!」
と怒鳴る悲痛な顔の副長
というシーンと

泣きながら見つめるつねさん、
刑場に向かう無精ひげの局長のアップ
というシーン

この2シーンを選ぶなんて、凄すぎる~~~~~~
しかも組!テーマが流れて…

もう、これだけで涙が出た…


こうしてリアルタイムでオンエアされると、
ものすごく嬉しくて、でも切なくて、
やたらとテンションが上がるんだよな~~~

あああ…(涙)

この2シーンを見ちゃったらもう、胸が痛くて切なくて
苦しい~~~

こんな時はあれを見て、気持ちを楽にしよう~
あれだよあれ
そ、パッショングルーヴパラリンコ(笑)

カテゴリ: ・新選組

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朝パッション

朝から観てまう

モアグル―ヴィーパッションエンジェルスマイル野郎(なげぇ~)

朝からパッション
朝マックならぬ、朝パッションじゃぁ~

とにかく流れがエエのう

ゆっくりとした構えとゆったりした動作
間がきちんとあるシャッター音
    ↓
これが徐々にテンポを上げてきて、どんどん速くなり
    ↓
ノンストップ状態から怒涛のクライマックスへ~
    
このテンポの上げ方に馬鹿さ加減が比例してきて、さらに露出が比例している
実に素晴らしくてパーフェクトじゃ!!


なんて理屈こねんでもええがな~
理屈じゃねえんだ
おもろいんだ!!!!!!!!!

何度観てもわらってしまうがな~

「グル―ヴィー!?ブリーフ!?、あ、ブリーフか」

わけわからん(笑)

訳すと
「脱ぎたい!脱ぎたい!最後の1枚も、どしても脱ぎたい」

ああいいね~だの、キテるだの、パッションだの、モアグル―ヴだの
いろいろと吐く言葉は違うが、
こいつの頭の中では

「ああ、脱ぎて~」
「俺が脱ぐぞ、ぜってぇ」
「今、俺、脱ぐぞ!」
「モア脱ぎたい!」
「脱がずにはいられない」
「これもあれも脱ぐぞ!」
「俺のマグナム待機なう」
「脱ぐぞ!脱ぐぞ!脱ぐぞ!」
「脱いだあああ~」

という意味なんだろうな(笑)

さ、今度は昼パッションだぁ~(笑)

写真家セレクションを作った!
1枚のディスクに10回入れた(アホ)

おほほほほ~~~~~\(^o^)/



胸筋ぴくぴくは、狙ったな、永倉を(あはは)


組!関係でいうと、冒頭の源さん!
「その時は私を呼びなさい。
私が代わりに脱ぐ」
は、台詞の言い方がものすごく源さんチックなのがツボだ



そして、
前記事で書いた
「お待たせパラリンコ」
ってのが、友だちの間でマジすごくウケている(笑)

カテゴリ: ・ステキな金縛り

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スグニマッテテ

無事に多摩に帰還

と、家に着くやいなや、もう地獄の鬼リピ状態じゃぁ~~~

ステカクのパッションコウジ、最高~~~~

「プチコウジ祭り」なんて前の記事に書いていたが
なんとなんと、この一作で大コウジ祭りになったぞ~\(^o^)/

祭りだ祭りだ~
アタシの頭もまつりじゃ~(何)


ふかっちゃんが眺めていた写真集がほすいぃ~~~~

おもて表紙ももちろんだが、
裏表紙のモアグルービー野郎が、またええんじゃぁ~
構えた手と、ナルな表情が好き好き好きぃぃぃ~

裏表紙なんて映ったか!?
とお思いの方は、一時停止してチェックしてみなはれ~


サングラスコウジ、萌えるううう
投げ飛ばし方も萌えるううう

後ろ姿が多かったから、そのスタイルの良さにヨダレダラダラ…

全部ツボ~~~

「ああいいね~」
「僕が撮りたいのはキミのソウルだ」
「どうかしてるな!」

中でも
「もっときて!早く来て」
がなんかエロクて好き~~~


「あ、ワイルドだ」
「キテるね」
「ビンビン感じるよ」
「あパッションだ」
「来てるな、グルーヴが」


「来てる来てる来てる」
で、自分に向けてパシャパシャが、ツボ中のツボで

「天使の笑顔見せるんだ、エンジェルスマイル」
がアホ過ぎてツボ中のツボで

「モアグルービーエキサイティングパッションエクスタシー」
で、大股開きからの“のたうち回り方”が、またツボ中のツボ中で

「くっそぉ~これなんだ、ちくしょ~」
おまえがなんなんだだろ~(笑)

で、またのたうちまわって脱ぐ靴下ってのがツボ中のツボ中のつぼで~

ハンラ~からゼンラ~への道のりは、
ジェットコースター並みの速さと衝撃
そして、やたらとのたうちまわるのが、ものすごく好みで
観ているこっちも「パッションだ」「モアグルービーだ」!

「うわあは~キテるな」
の声のひっくり具合が、またまたツボ中のツボツボで

「パッショングルービー、パッションフルーツ」
にいたっては、笑うしかなくて

「スグニマッテテ」
「すぐに待ってて~」


で最高にツボって

お待たせパラリンコで、ぜんら~万歳三唱しつつ\(^o^)/

まず斜めゼンラ~を一時停止でじっくり堪能し

その後、まっすぐセンラ~を一時停止で長くじっくりうひうひと舐めるような視線で、おもにケツ関係を心ゆくまでひひじじぃになって堪能する


これがアタシの正しい見方なのじゃ~(愚)

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写真家、記事にまでなってるう

記事にまでなっとるぞぃ


山本耕史の美しい全裸!変態的な挙動に騒然
(@nifty トレンドカフェ)



やはり、祭りになっていたようで、
美しき変態ってかぁ(笑)

「異様な盛り上がり」って(笑)

大評判過ぎ~~~~~~

\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/

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アボルダージュ!!

この船で宮古湾に向かった!!




あそこだ、甲鉄がいたのは!!



そして今、私の乗っている船がいる場所が、まさに回天のいた場所だ~
副長!!
野村~
相馬~

moblog_7cdc9e0c.jpg



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歓喜の叫び~

きゃあきゃあ
ぎょがごげぐふぎょあああ~

アタシを
アタシを
アタシを
アタシを
アタシを
アタシを喜ばせたい~

大ウケ過ぎて笑いすぎて
喜びすぎて壊れた~

予想を遥かに越えた
大大大ヒット

写真家、ハンパネェ

あの写真集、売ってくれ~

多摩に帰ったら、地獄の鬼リピじゃ

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